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横浜地方裁判所 昭和56年(行ウ)21号 判決

原告

小林幸義

原告

大久保順一

右両名訴訟代理人弁護士

本多清二

被告

鶴見労働基準監督署長廣瀬一之

右指定代理人

五十嵐敬夫

青木正存

高橋英雄

福島健

二宮庸光

主文

一  原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告らに対し昭和五四年八月八日付でなした各療養補償給付決定処分はいずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  原告小林は、昭和五三年一二月二八日訴外有限会社大富士圧送の打設作業員として聖マリアンナ医科大学地下室において耐圧盤部分コンクリートの打設作業中、ホースの筒先が胸部に当たって負傷したため、同日西寺尾接骨院において柔道整復師訴外アラルコン・イマヌエルの診察を受けたところ、左肋骨が骨折していたことが判明し、以後通院して同人の施術を受けた結果、同五四年一月三〇日治癒した。

(二)  同原告は右施術を受けたことにより

(1) 初診料 一回 二〇〇〇円

(2) 再診料 一七回 一万五三〇〇円

(3) 内科再診 一回 四六〇円

(4) 副子固定 一回 五〇〇〇円

(5) 変形徒手矯正術 一一回 九二四〇円

(6) 電気療法 一五回 三六〇〇円

(7) 長波療法(赤紫外線療法) 一五回 三六〇〇円

(8) マッサージ 一六回 四六〇八円

(9) 処置料 一八回 六四八〇円

(10) 薬剤料 四三二〇円

(11) サラシ代 一回 一〇〇〇円

以上合計金五万五六〇八円の治療費支払義務をアラルコン・イマヌエルに対して負担した。

(三)  そこで、同原告が同年六月二一日被告に対し右治療費につき労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による療養補償給付の請求をしたところ、被告は同年八月八日療養の費用として金二万四六三〇円を支給する旨の処分をした。

2(一)  原告大久保は、同五三年一〇月二一日訴外株式会社山口文雄商店の運転手としてミキサー車を運転中、ハンドルが回転して左手を負傷したため、同月二三日前記西寺尾接骨院においてアラルコン・イマヌエルの診察を受けたところ、左手打撲と判明し、以後通院して同人の施術を受けた結果、同年一一月一日治癒した。

(二)  同原告は右施術を受けたことにより

(1) 初診料 一回 二〇〇〇円

(2) 再診料 五回 四五〇〇円

(3) 厚紙及びばんそうこう固定 一回 一四〇〇円

(4) 変形徒手矯正術 六回 五〇四〇円

(5) 電気療法 六回 一四四〇円

(6) 長波療法(赤紫外線療法) 六回 一四四〇円

(7) マッサージ 六回 一七二八円

(8) 処置料 六回 二一六〇円

(9) 交換包帯料 六回 四八〇円

(10) 薬剤料 四三二円

以上合計金二万〇六二〇円の治療費支払義務をアラルコン・イマヌエルに対して負担した。

(三)  そこで、同原告が同五四年六月二一日被告に対し右治療費につき労災保険法による療養補償給付の請求をしたところ、被告は同年八月八日療養の費用として金八五二〇円を支給する旨の処分をした。

3  しかしながら、被告が原告らに対してした右各処分(以下「本件処分」という。)は次のとおり違法なものである。

(一) 労災保険法は、業務上の事由によって負傷等をした労働者に適切な保護を与えるため療養補償給付の制度を設けているが、同法一三条一項は療養補償給付につき療養の給付(現物給付)を原則とする旨定め、同法施行規則一一条は療養の給付を行うべき医療機関を定めている。また同法一三条三項は右医療機関において療養の給付を受けることが期待できない場合等が起きることを考慮して、罹災労働者の利益のため一定の場合に療養の給付に代えて療養の費用の支給(現金給付)をすることとしている。

(二) 療養の費用の支給は、右のとおり現物支給たる療養の給付に代えて行われるものであるが、国民健康保険法五四条、健康保険法四四条の二と異なり、労災保険法は支給すべき療養の費用の算定方法につき明文の規定をおいておらず、同法施行規則一二条の二第二項が療養の費用の算定は診療担当者が証明した「療養に要した費用の額」をもってすることを前提としていることからみても、労災保険法は療養の費用の支給額を算定するにあたり政府の定めた一般的な基準表によるのではなく、原則として現実に要した治療費等の額をもって療養の費用の支給額とすることを予定しているというべきである。

(三) ところで、柔道整復師は徒手整復の専門的業務機関であるが同法施行規則一一条に掲げる医療機関でないため、罹災労働者が徒手整復による治療を希望しても、労災保険法による療養の給付を受けることはできない建前になっている。しかし、外科的治療を好まず、またその必要性も乏しい程度の疾患については、気楽に短期間に廉価にしかも専門的に行う柔道整復師の施術を求める者が相当に多く、その需要が全国的に高いことは公知の事実である。そこで柔道整復師の施術については療養の給付に代えて労災保険法一三条三項による療養の費用の支給をするという取扱いが認められている。

したがって、この点からみても、柔道整復師の施術により要した治療費等につき被保険者たる労働者に支給される療養の費用の算定にあたっては、当該労働者が現に負担した治療費の実費相当額をもって療養の費用の額とすべきである。

(四) 保険者が柔道整復師の施術に対して支給すべき療養の費用の額を決定する権限を有しないことは、被告主張にかかる昭和三三年一二月一二日基発第七八四号労働省労働基準局長通達によっても明らかである。すなわち、同通達は柔道整復師の施術に対して支給する療養の費用の取扱いにつき、政府において定めた基準表を内容とする協定を各都道府県労働基準局長とその管下の柔道整復師団体との間で締結させる方法が適当であるとしているが、これは保険者にあたる被告に右施術にかかる療養の費用の支給額を決定する権限が与えられていないため、右基準表による算定を有効に行うことを目的としてこれを内容とする協定を柔道整復師団体との間に締結させ、これに基づく協定料金として算定するという形式をかりていることを示すものである。

(五) したがって、柔道整復師の施術に対して支給すべき療養の費用につき、政府において定めた一般的な基準表によってこれを算定することは許されないものといわなければならない。また、もし本件処分が神奈川労働基準局長と神奈川県柔道整復師会との間で締結された協定に従ってなされたものであるというのであれば、そのような協定によって算定された本件処分はやはり違法たるを免れない。すなわち、そもそも右協定は何らの法的根拠に基づかないものである。しかも前記通達によれば、協定を締結した柔道整復師団体に所属しない柔道整復師の施術に対しては協定の内容となった基準が適用されないことから、これらの柔道整復師に対してもこれを適用するため必要な措置を講ずることとしているが、そのような行政措置によってこれらの柔道整復師に対し右基準による料金を強制することはできないだけでなく、そのような行政措置自体現在に至るまで全くなされていない。したがって、右協定が協定当事者やこれに所属する柔道整復師を拘束することは格別、神奈川県柔道整復師会に加入していないアラルコン・イマヌエルやこれと全く関係のない原告らを拘束する根拠はないというべきである。

(六) ところが被告は、原告らがアラルコン・イマヌエルの施術を受けたことによる治療費の実際の負担額を無視し、何らの法的根拠もなくその一部についてのみ療養の費用を支給し、その余を支給しなかったのであるから、本件処分が違法であることは明らかである。

よって、原告らは被告に対し本件処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち(一)及び(三)の各事実は認めるが、(二)の事実は不知。

2  同2のうち(一)及び(三)の各事実は認めるが、(二)の事実は不知。

3  同3の冒頭の主張は争う。同3の(一)の事実は認める。(二)は争う。(三)のうち柔道整復師が労災保険法施行規則一一条に掲げる医療機関でないため、労災保険法による療養の給付として柔道整復師の施術を受けることができない建前になっていること、柔道整復師の施術については療養の給付に代えて同法一三条三項による療養の費用の支給をしていることは認めるが、その余の事実は不知、柔道整復師の施術に対して支給されるべき療養の費用の算定にあたっては当該労働者が現に負担した治療等の実費相当額をもって療養の費用の額とすべきであるとの主張は争う。(四)のうち原告ら主張にかかる通達がその主張の内容を含んでいることは認めるが、政府に療養の費用の支給額を決定する権限がないとの主張は争う。(五)は争う。なお、本件処分は神奈川労働基準局長と神奈川県柔道整復師会との間で締結された協定を適用してなされたものではない。(六)のうち本件処分が法的根拠を欠くもので違法であるとの主張は争う。

三  被告の主張

1  労災保険法一三条一項は、労災保険における療養補償給付に関し現物給付たる療養の給付が原則である旨を定め、同法施行規則一一条は、療養の給付を行うべき医療機関を掲げ、同法一三条二項は、療養の給付の範囲を定めているが、その範囲をすべての傷病について具体的に定めることは困難であるため、同条項はその具体的内容については「政府が必要と認めるものに限る。」という一般的基準を設けている。そして同条三項は、療養の給付をすることが困難な場合その他労働省令で定める場合には療養の給付に代えて療養の費用を支給することができると定めているが、療養の費用の支給は、療養の給付に代えて行われるものであるから、その支給の範囲も療養の給付の場合と同様に、「政府が必要と認めるものに限る。」のである。

2  柔道整復師の施術については同法一三条三項の「療養の給付をすることが困難な場合」にあたり、かつ同条二項三号中の「その他の治療」の中に含まれるものとして、療養の費用の支給の対象とされているが、その支給額の算定については、当初統一的な基準が設けられないまま各都道府県での取扱いに任されていた。ところが各都道府県における取扱いが区々にわたり労働者の差額負担にも差が生じ、取扱いの不平等、不合理性が意識されたことから、その平等、公正、斉一等を確保するため、昭和三三年一二月一二日基発第七八四号労働省労働基準局長通達により、健康保険における柔道整復師の施術料金を基準として作成した「労災保険柔道整復師施術料金算定基準」を示し、これに依拠して各都道府県労働基準局長がその管下の柔道整復師団体と施術料金について協定を締結するという方法をとることとし、同時に、協定を締結した柔道整復師団体に加入していない柔道整復師の施術についても右算定基準を適用することとした。この算定基準はその後数次の改定を経たがその後二十数年に亘って運用され続けているものであって、これらの措置は政府管掌の労災保険の事務を行う労働基準監督署などの行政機関にとってその取扱いの斉一性を確保し、労災保険の適正、円滑な運用を図る上から妥当なものである。

3  本件処分において適用された算定基準は、昭和五三年三月一六日基発第一五四号労働省労働基準局長通達によって示されたものであるが、これによれば、原告小林に対して支給すべき療養の費用の額は金二万四六三〇円、同大久保に対して支給すべき療養の費用の額は金八五二〇円となる。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、療養の費用の支給の範囲が政府の必要と認めるものに限られることは否認し、その余は認める。

2  同2のうち、柔道整復師の施術が労災保険法一三条三項の「療養の給付をすることが困難な場合」にあたり、療養の費用の支給の対象とされていることは認めるが、右施術は同条二項三号中「その他の治療」の中に含まれるのではなく同号中の「処置、その他の治療」の中に含まれるのである。その余は不知。

3  同3の事実は認める。

第三証拠関係

本件記録中書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告小林が昭和五三年一二月二八日訴外有限会社大富士圧送の打設従業員として聖マリアンナ医科大学地下室において耐圧板部分コンクリートの打設作業中、ホースの筒先が胸部に当たって負傷したため、同日西寺尾接骨院において柔道整復師訴外アラルコン・イマヌエルの診察を受けたところ、左肋骨が骨折していたことが判明し、以後通院して同人の施術を受けた結果、同五四年一月三〇日治癒したことは当事者間に争いがなく、(証拠略)を綜合すると、同原告は右施術を受けたことにより、医師の医療行為に適用される健康保険法の規定による診療報酬点数表(乙表)の点数を概ね二倍した点数に一点単価一〇円を乗じて算出された

(一)  初診料 一回 二〇〇〇円

(二)  再診料 一七回 一万五三〇〇円

(三)  内科再診 一回 四六〇円

(四)  副子固定 一回 五〇〇〇円

(五)  変形徒手矯正術 一一回 九二四〇円

(六)  電気療法 一五回 三六〇〇円

(七)  長波療法(赤紫外線療法) 一五回 三六〇〇円

(八)  マッサージ 一六回 四六〇八円

(九)  処置料 一八回 六四八〇円

(一〇)  薬剤料 一八回 四三二〇円

(一一)  サラシ代 一回 一〇〇〇円

以上合計金五万五六〇八円の施術料金支払義務をアラルコン・イマヌエルに対して負担したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  原告大久保が同五三年一〇月二一日訴外株式会社山口文雄商店の運転手としてミキサー車を運転中、ハンドルが回転して左手を負傷したため、同月二三日前記西寺尾接骨院においてアラルコン・イマヌエルの診察を受けたところ、左手打撲と判明し、以後通院して同人の施術を受けた結果、同年一一月一日治癒したことは当事者間に争いがなく、(証拠略)を綜合すると、同原告は右施術を受けたことにより、原告小林の場合と同様の方法によって算出された

(一)  初診料 一回 二〇〇〇円

(二)  再診料 五回 四五〇〇円

(三)  厚紙及びばんそうこう固定 一回 一四〇〇円

(四)  変形徒手矯正術 六回 五〇四〇円

(五)  電気療法 六回 一四四〇円

(六)  長波療法(赤紫外線療法) 六回 一四四〇円

(七)  マッサージ 六回 一七二八円

(八)  処置料 六回 二一六〇円

(九)  交換包帯料 六回 四八〇円

(一〇)  薬剤料 六回 四三二円

以上合計金二万〇六二〇円の施術料金支払義務をアラルコン・イマヌエルに対して負担したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  而して原告小林が、同五四年六月二一日被告に対し前記施術料につき労災保険法による療養補償給付の請求をしたところ、被告は同年八月八日同原告に対し療養の費用として金二万四六三〇円を支給する旨の処分をしたこと、原告大久保が、同年六月二一日被告に対し前記施術料につき同法による療養補償給付の請求をしたところ、被告は同年八月八日同原告に対し療養の費用として金八五二〇円を支給する旨の処分をしたこと、右各処分にかかる療養の費用の額は昭和五三年三月一六日基発第一五四号労働省労働基準局長通達によって示された労災保険における柔道整復師の施術に対する療養の費用の支給額の算定基準による算定額と同額であることは当事者間に争いがない。

四  そこで、本件処分の適否並びに当否について判断する。

1  労災保険法一三条一項は「療養補償給付は、療養の給付とする。」と規定し、療養補償給付が原則として現物給付たる療養の給付であることを定め、同法施行規則一一条一項はこの現物給付の内容を「法の規定による療養の給付は、法二三条一項の労働福祉事業として設置された病院若しくは診療所又は都道府県労働基準局長の指定する病院若しくは診療所若しくは薬局において行う。」と規定し、同法一三条二項は療養の給付の範囲を「一 診察 二 薬剤又は治療材料の支給 三 処置、手術その他の治療 四 病院又は診療所への収容 五 看護 六 移送」と規定し、そのいずれについても「政府が必要と認めるものに限る。」と定めている。しかしながら、同法一三条三項は「政府は、第一項の療養の給付をすることが困難な場合その他労働省令で定める場合には、療養の給付に代えて療養の費用を支給することができる。」と規定し、これをうけて同法施行規則一一条の二は「法の規定により療養の費用を支給する場合は、療養の給付をすることが困難な場合のほか、療養の給付を受けないことについて労働者に相当の理由がある場合とする。」と規定する。

2  そこで、労災保険における柔道整復師の施術の取扱いについて勘案するに、(証拠略)を綜合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  労災保険法による療養の給付は、前記のとおり同法施行規則一一条に掲げる医療機関において行うとされているのであるが、柔道整復師は医師法に定める医師ではなく柔道整復師の開設する施術所は医療法にいう病院、診療所ではないから、柔道整復師の施術所は同法二三条一項に定める労働福祉事業として設置された病院、診療所に該当せず且つ、都道府県労働基準局長の指定した病院、診療所若しくは薬局でもないから、柔道整復師は、その開設する施術所において労災保険法の定める療養の給付を行うことはできない建前になっている。

(二)  しかしながら、我国では骨折、捻挫等の治療については戦前より柔道整復師の施術を受ける者が多かったので、柔道整復師の施術料は、本来は医師の診療費にはあたらないけれども、大正一五年七月一日健康保険法が施行されて後、その保険給付の対象として取扱われるようになったが、戦後も右取扱いは踏襲され、且つ昭和二二年労災保険法施行とともに労災保険給付の対象として取扱うようになったものであって、行政解釈としては柔道整復師の施術は同法一三条二項三号に相当し、且つ同条三項の「療養の給付をすることが困難な場合」に該当するとしている。

3  次に、所轄庁である労働基準監督署長の柔道整復師の施術に対する療養の費用の支給額算定方法について勘案する。

(証拠略)を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  労災保険法施行当初、療養の費用の支給額については統一的な基準が設けられず、各都道府県労働基準局長の処置に任せられていたため、支給額の算定基準は各局によって異なっていたが、柔道整復師の施術内容や労災保険の性質等に鑑み、このような取扱いが合理的でないと認識されるに及び、政府は昭和三三年六月健康保険における柔道整復師の施術料金の算定方法等が全面的に改定実施されたのを機会に労災保険における療養の費用の支給額の算定についても全国的に統一的且つ適正な運用を図ることとし、同年一二月一二日基発第七八四号労働省労働基準局長通達(以下「基本通達」という。)によって柔道整復師の施術に対する療養の費用の支給につき全国的な統一の基準として「労災保険柔道整復師施術料金算定基準」が設けられた。その後同基準は数次にわたる改定を経て現在に至っているが、本件処分当時適用されていた算定基準は、昭和五三年三月一六日基発第一五四号労働省労働基準局長通達である。

(二)  基本通達は、右のとおり柔道整復師の施術に対して支給すべき療養の費用の算定基準を定めたが、それ以前の各地における支給額の算定の実情に鑑み、右算定基準による支給額の算定の統一的な運用を円滑に実施するためには各都道府県労働基準局長とその管下の柔道整復師団体との間で予め協定を締結する方法によることが適当であると考えられた。そこで同通達は同時に(1)同通達より以前から柔道整復師団体と協定を締結している局においては、その協定料金を同通達において定める算定基準に合致させるべきこと、従前の協定料金が右算定基準より高く、同基準による協定の改訂が著しく困難な実情にある場合には、経過措置として当分の間協定料金による支給額の算定を認めるが、その場合協定料金の引上げは認めず、算定基準と同額になるまで据え置くべきこと、(2)柔道整復師団体と協定を締結していない局においては、管下の柔道整復師団体と右算定基準による協定を締結すべきこと、(3)協定を締結した柔道整復師団体に所属していない柔道整復師の施術に対する支給額も協定料金によるべきことも指示した。

(三)  そして、神奈川県においては、同通達に基づき神奈川労働基準局長と社団法人神奈川県柔道整復師会との間で協定が締結されていたが少なくとも本件処方当時右協定による算定基準の額と通達で示された算定基準の額とは全く異なるところがない。なお、神奈川県において神奈川労働基準局長との間で右算定基準に関する協定を締結している柔道整復師団体は右神奈川県柔道整復師会だけであるが、アラルコン・イマヌエルは同会に所属していない。

(四)  健康保険法上、柔道整復師は同法四三条三項、四三条の二に定める保険医とされていないが、被保険者が柔道整復師から受けた施術に要した費用については同法四四条、四四条の二による療養費の支給が認められ、且つ、その療養費の算定基準は全国的に統一され、過去数次にわたり厚生省保険局長通知によってその改定(厚生省告示「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」の改定に従って保険局長通知も改定される。)が行われてきているところ、労災保険において柔道整復師の施術に対し支給すべき療養の費用の算定基準は、健康保険において柔道整復師の施術に対し支給すべき療養費の算定基準に準拠して作成されているため、健康保険における療養費の算定基準が改定されると、これに伴って労災保険における療養の費用の算定基準も改定される実状にある。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、柔道整復師の施術にかかる療養の費用の支給に関しては、神奈川労働基準局長は、労働省労働基準局長通達により示された算定基準に従って算定しているものであることは明らかであり、ただ、右算定方法の実施により柔道整復師が被保険者より支払を受くべき料金額と右基準額との間に差額を生じ紛争が起こるような事態を避けるためできる限り両者を一致させるのが望ましいとの配慮から、神奈川労働基準局長は、柔道整復師会をしてその所属する柔道整復師の施術料金を右基準額と同一額に統一させる目的で柔道整復師会と協定を結んでいるのであって、保険者より支給する療養の費用の額と柔道整復師会所属の柔道整復師が被保険者から支払を受くべき料金額が一致しているのは、右のような事情によるのであると認めることができる。したがって、原告らに対する本件療養の費用の支給額も、被告の右の基準(すなわち、昭和五三年三月一六日基発第一五四号労働省労働基準局長通達)に基づき算定されたものであって、被告と神奈川県柔道整復師会との協定料金によったものではないものといわなければならない。

4  しかるところ原告らは、療養の費用の給付にあたっては保険者は被保険者が負担した費用の全額を支給すべきであって、任意に基準を設けてその一部のみを給付するのは法的根拠を欠くものであると主張する。

そこで案ずるに、前叙のように労働災害に関する保険給付は労災保険法一三条により現物給付たる療養の給付が原則であって療養の費用の支給はその例外をなすものであるが、右例外措置である療養の費用の支給は、療養の給付をすることが困難な場合等の代替措置であることは同条三項によって明らかであるから、療養の費用の支給は、療養の給付(政府指定医療機関における療養)があったときと同一の療養効果をもたらす金員の支給でなければならず、またそれを以って足りるものであることは事理の当然であるといわねばならない。しかるところ、療養の給付については同条二項にその範囲を定めその指定の診療項目において特に「政府が必要と認めるものに限る。」との制約を設けているのであるが、これは労災保険給付を公平且つ迅速に行ううえでの合目的的制約であって十分に合理性の認められるものであるから、療養の費用の支給を定めた同条三項に特段の文言がなくても、療養の費用の支給の場合にも右の制約は当然に課せられるものと解しなければならない。

なお原告らは、労災保険法施行規則一二条の二第二項をその主張の論拠にするが、施行規則の右規定は、療養の費用の支給額を算定するにあたりその参考資料として「療養に要した費用の額」につき診療担当者の証明を要求しているにすぎないものであって、右規定が実費相当額をもって療養の費用の支給額とすることを予定しているとみることはできず、そのことは、国民健康保険法施行規則二七条二項、健康保険法施行規則五三条二項に同様の規定があることからみても明らかである。

しからば政府は、労災保険法一三条により療養の費用の支給に関し、その支給すべき範囲及び額について決定する権限を与えられているものといわざるを得ない。

政府には療養の費用の支給額を決定できる権限はないとの原告らの主張は採用することができない。

5  而して前記3において認定したとおり、柔道整復師の施術による療養の費用の支給額は、労働省労働基準局長通達に従い定められ、本件原告らに対する支給については昭和五三年三月一六日基発第一五四号労働省労働基準局長通達によっているのであるが、右労働基準局長通達は、いずれも健康保険給付に関する厚生省保険局長通知に準拠しているところ、(証拠略)によると、右厚生省保険局長通知の改定については医師会、柔道整復師会等から資料の提出を求め、意見、要望等を聞き、実態調査をするなどして決められていることが認められるのであって、特に右のようにして決められた算定基準を不当と認むべき証拠がないばかりか、労災保険に関する労働省労働基準局長通達の算定基準についても、神奈川県柔道整復師会ではこれを不当とせず、むしろ相当なものとして前示のとおり被告と協定を結んでいる程であるから、これらの事情に鑑みると、本件原告らに対する給付額決定の基準となった前記労働省労働基準局長通達の算定基準は相当であるということができる。

五  以上の次第で、本件処分には何らの違法、不当はないから、これが取消しを求める原告らの本訴請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 山野井勇作 裁判官 佐賀義史)

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